役員退職金6,000万円を支給する。源泉徴収する税額は約720万円か、約1,225万円か。この差を生むのは、たった1枚の書類だ。

「退職所得の受給に関する申告書」を退職者から受け取っているかどうかで、源泉徴収税額が約5倍変わる。

退職金の源泉徴収税額の計算方法

退職金の源泉徴収税額は、退職所得の受給に関する申告書の提出の有無で計算方法がまったく異なる。

申告書ありの場合、以下の手順で計算する。

  1. 退職所得控除額を算出する
  2. (退職金 − 退職所得控除額)× 1/2 = 課税退職所得金額
  3. 課税退職所得金額に所得税の速算表を適用
  4. 算出した所得税額に復興特別所得税(2.1%)を加算

退職所得控除額は勤続年数で決まる。20年以下なら「40万円 × 勤続年数」(最低80万円)、20年超なら「800万円 + 70万円 ×(勤続年数 − 20年)」だ。

具体例で計算しよう。退職金6,000万円、在任20年の場合。

  1. 退職所得控除: 40万円 × 20年 = 800万円
  2. 課税退職所得:(6,000万 − 800万)× 1/2 = 2,600万円
  3. 所得税: 2,600万円 × 40% − 279.6万円 = 760.4万円
  4. 復興特別所得税: 760.4万円 × 2.1% = 約16.0万円
  5. 合計: 約776万円

これに住民税(約260万円)を加えた約1,036万円が源泉徴収される。

退職所得の受給に関する申告書がないとどうなるか

申告書が未提出の場合、退職金の全額に対して**一律20.42%**が源泉徴収される。

6,000万円 × 20.42% = 約1,225万円

申告書ありの場合の所得税約776万円と比較すると、約449万円も多く天引きされることになる。

申告書の有無による源泉徴収税額の比較(退職金6,000万円・在任20年)

項目申告書あり申告書なし
計算方式退職所得控除+1/2課税一律20.42%
所得税+復興特別所得税約776万円約1,225万円
住民税約260万円なし(確定申告で精算)
源泉徴収額合計約1,036万円約1,225万円
確定申告原則不要必要(還付申告)

未提出の場合でも、確定申告をすれば差額は還付される。だが確定申告の手間がかかるうえ、還付までの数ヶ月間は多額の資金が拘束される。退職金で不動産購入や投資を予定している場合、資金計画に大きな影響を及ぼす。

申告書の提出は退職者側の義務だが、実務上は会社側が用紙を準備して提出を促すべきだ。

ここまでで分かったこと
  • 申告書ありなら退職所得控除+1/2課税で正確に源泉徴収
  • 申告書なしだと全額×20.42%。6,000万円で約449万円の差

源泉徴収した税金の納付期限

源泉徴収した所得税の納付期限は、退職金を支給した日の翌月10日だ。

注意すべきは、納期の特例の対象外という点だ。給与の源泉徴収税は「源泉所得税の納期の特例」を適用すれば年2回の納付で済むが、退職所得の源泉徴収税はこの特例が適用されない。

納付に使う用紙は「退職所得の源泉徴収票・特別徴収票」ではなく、所得税徴収高計算書(納付書)の「退職所得分」だ。給与所得分と混同しないように注意する。

納付が遅れた場合のペナルティは以下のとおり。

  1. 不納付加算税: 原則10%(自主納付なら5%)
  2. 延滞税: 納期限の翌日から年7.3%(最初の2ヶ月)、その後は年14.6%

6,000万円の退職金から源泉徴収した約776万円を1ヶ月納付遅延すると、不納付加算税約39万円 + 延滞税が発生する。経理担当者は支給日と納付期限を必ずスケジュール管理すべきだ。

ここまでで分かったこと
  • 退職金の源泉徴収税の納期限は支給翌月10日
  • 納期の特例は退職所得に適用されない。給与とは別管理が必要

住民税の特別徴収も必要か

必要だ。退職金に対する住民税は特別徴収が義務となっている。

退職金の住民税は、現年分離課税で計算する。税率は一律10%(市民税6%+県民税4%)で、退職所得金額に対して課税される。

計算例(退職金6,000万円、在任20年):

  1. 退職所得金額:(6,000万 − 800万)× 1/2 = 2,600万円
  2. 住民税: 2,600万円 × 10% = 260万円

この260万円を退職金から天引きし、退職者の1月1日現在の住所地の市区町村に翌月10日までに納付する。

住民税の特別徴収に使う用紙は「退職所得に係る市民税・県民税 特別徴収税額納入申告書」だ。この用紙は各市区町村から取り寄せるか、eLTAXで電子申告する。

なお、所得税と住民税では端数処理のタイミングが異なる。所得税は課税退職所得金額の1,000円未満を切り捨て、住民税は税額の100円未満を切り捨てる。計算ミスが起きやすい部分なので注意が必要だ。

源泉徴収の実務チェックリスト

退職金を支給する際の源泉徴収に関する実務手順をまとめる。

  1. 退職日の1ヶ月前まで: 退職所得の受給に関する申告書を退職者に渡す
  2. 退職日まで: 申告書に記入・押印してもらい回収する
  3. 支給日: 所得税・復興特別所得税・住民税を計算し、退職金から天引き
  4. 支給日翌月10日まで: 所得税を税務署に、住民税を市区町村に納付
  5. 翌年1月31日まで: 退職所得の源泉徴収票を退職者・税務署・市区町村に提出

申告書は会社が保管する書類であり、税務署への提出は不要だ。ただし税務調査で確認されるため、退職者ごとに整理して保管しておくべきだ。

ここまでで分かったこと
  • 住民税の特別徴収も義務。税率は一律10%
  • 申告書は会社保管。税務調査で確認される

まとめ

役員退職金の源泉徴収は「退職所得の受給に関する申告書」の有無がすべてを決める。申告書ありなら退職所得控除と1/2課税が適用され、なしなら全額に20.42%が課税される。

経理担当者が押さえるべきポイントは3つ。

  1. 退職前に申告書を必ず回収する
  2. 所得税・住民税ともに支給翌月10日までに納付する(納期の特例は適用外)
  3. 住民税は退職者の住所地の市区町村に特別徴収で納付する