退職金2,000万円とiDeCo800万円を60歳で同時に受け取ったAさんの税額は約154万円。一方、iDeCoを5年先に受け取ったBさんの税額は約40万円。受取額は同じ2,800万円なのに、114万円も手取りが違う。

原因は「退職所得控除の合算」だ。同時に受け取ると控除枠を共有し、税額が跳ね上がる。

iDeCoと退職金を同時に受け取ると控除はどう計算されますか?

iDeCoと退職金を同じ年に一時金で受け取ると、退職所得控除が合算(共有)して計算される。それぞれに別々の控除が適用されるのではなく、1つの控除枠を2つの退職所得で分け合う仕組みだ。

退職所得控除の合算とは、同一年中に2以上の退職手当等を受け取った場合、それぞれの勤続年数(加入年数)のうち最も長い期間で退職所得控除を計算し、合計額からその控除を差し引いて課税退職所得を算出する方法をいう(所得税法施行令第69条)。

具体的な計算を見てみる。

Aさん(60歳・勤続30年・退職金2,000万円・iDeCo加入20年・残高800万円)が同時に一時金で受け取った場合:

  • 退職所得控除: 勤続30年で計算 → 800万 + 70万 × 10年 = 1,500万円
  • 合計受取額: 2,000万 + 800万 = 2,800万円
  • 課税退職所得:(2,800万 − 1,500万)× 1/2 = 650万円
  • 所得税: 650万 × 20% − 42.75万 = 87.25万円
  • 復興特別所得税: 約1.83万円
  • 住民税: 65万円
  • 税額合計: 約154万円

もし別々の控除が使えたら:

  • 退職金: 控除1,500万円 →(2,000万 − 1,500万)× 1/2 = 250万円 → 税額約40万円
  • iDeCo: 控除800万円 →(800万 − 800万)× 1/2 = 0円 → 税額0円
  • 合計税額: 約40万円

同時受取と別々受取の差額は約114万円。この差は「控除の合算」だけで生まれる。

同時受取 vs 別々受取の税額比較(退職金2,000万円+iDeCo800万円)

受取方法退職所得控除課税退職所得税額合計
同時一時金受取1,500万円(共有)650万円約154万円
別々に受取(5年ルール活用)1,500万+800万(別枠)250万+0万約40万円
差額約114万円
ここまでで分かったこと
  • 同時受取は退職所得控除を「共有」する。1つの控除枠を2つの退職所得で分け合う
  • 別々に受け取れば控除を二重活用でき、税額が114万円減る

同時受取を避けるにはどうすればよいですか?

同時受取を避ける最も効果的な方法は5年ルールの活用だ。iDeCoを先に一時金で受け取り、5年以上空けて退職金を受け取ると、退職所得控除を別々に使える。

5年ルールとは、所得税法施行令第69条に基づき、iDeCoの一時金受取から「前年以前4年内」に他の退職手当等がなければ、退職所得控除を別枠で計算できる規定をいう。iDeCo受取から5年経過すれば「前年以前4年」の外になるため、条件を満たす。

現実的なパターン3つ:

パターン1: 60歳iDeCo→65歳退職金(再雇用活用)

  • 最も実現しやすい。60歳でiDeCoを一時金で受取り、再雇用で65歳まで勤務して退職金を受け取る
  • Bさん(60歳・iDeCo加入20年・残高800万円): iDeCo控除800万円 → 税金0円
  • Bさん(65歳・勤続35年・退職金2,000万円): 退職所得控除1,850万円 → 課税退職所得75万円 → 税額約11万円
  • 合計税額: 約11万円(同時受取より143万円お得)

パターン2: 60歳iDeCo→66歳退職金(1年余裕持ち)

  • 5年ぴったりだと月単位のずれで条件を満たさないリスクがある。1年の余裕を持たせると確実

パターン3: 55歳iDeCo→60歳退職金(早期退職)

  • iDeCoは原則60歳から受取だが、通算加入期間10年未満の場合は対象外。55歳受取は限定的

同時受取を避ける3つのパターン

パターンiDeCo受取退職金受取間隔合計税額
① 再雇用活用60歳65歳5年約11万円
② 余裕持ち60歳66歳6年約11万円
③ 早期退職55歳60歳5年約11万円
同時受取(参考)60歳60歳0年約154万円
ここまでで分かったこと
  • 5年ルールの活用で控除を二重に使える。最も現実的なのは60歳iDeCo→65歳退職金
  • 5年ぴったりは月単位のずれに注意。1年余裕を持つと安全

同時に受け取らざるを得ない場合はどうしますか?

60歳で退職金とiDeCoを同時に受け取らざるを得ない場合、iDeCoを年金(分割)受取にする方法が次善策だ。

退職金を一時金で受け取り、iDeCoは年金として60〜65歳に分割で受け取る。年金受取は退職所得ではなく雑所得(公的年金等)として課税されるため、退職所得控除の合算問題を回避できる。

Cさん(60歳・退職金2,000万円・iDeCo800万円・勤続30年・65歳まで公的年金なし)のケース:

戦略: 退職金一時金+iDeCo年金受取(60〜65歳・年160万円×5年)

  • 退職金: 控除1,500万円 →(2,000万 − 1,500万)× 1/2 = 250万円 → 税額約40万円
  • iDeCo年金: 年160万円 − 公的年金等控除60万円(65歳未満)= 雑所得100万円/年
  • iDeCo年金の税額: 約15万円/年 × 5年 = 約75万円
  • 合計税額: 約115万円

当メディアの試算(国税庁・厚労省統計に基づく決定論的計算)によると、同時一時金(約154万円)より約39万円お得になる。5年ルール活用(約40万円)には及ばないが、同時受取の次善策としては有効だ。

同時受取の代替戦略比較(退職金2,000万円+iDeCo800万円)

戦略税額合計同時一時金との差
同時一時金(60歳)約154万円基準
退職金一時金+iDeCo年金(5年分割)約115万円−39万円
5年ルール活用(iDeCo60歳→退職金65歳)約40万円−114万円

注意点: 60〜65歳に公的年金がある場合

特別支給の老齢厚生年金や企業年金を60歳から受け取っている場合、公的年金等控除の枠がすでに使われている。iDeCoの年金受取分がまるごと課税対象になるため、メリットが減る。

ここまでで分かったこと
  • 同時受取を避けられないならiDeCoを年金受取にして公的年金等控除を活用
  • 60〜65歳に公的年金がない人ほど年金受取のメリットが大きい

退職金が控除枠内に収まる場合は同時受取でもよいですか?

退職金が退職所得控除の枠内に収まる場合、同時受取でも税額は抑えられる。ただし「完全に問題ない」わけではない。

Dさん(60歳・勤続30年・退職金1,000万円・iDeCo加入20年・残高500万円)のケース:

  • 退職所得控除: 1,500万円(勤続30年)
  • 合計受取額: 1,000万 + 500万 = 1,500万円
  • 課税退職所得:(1,500万 − 1,500万)× 1/2 = 0円
  • 税額: 0円

退職金+iDeCoの合計が控除枠内なら、同時受取でも税金ゼロだ。この場合は時期をずらす必要がない。

判定基準: 退職金+iDeCo ≦ 退職所得控除なら同時受取OK

勤続年数別・退職所得控除と同時受取の判定

勤続年数退職所得控除退職金+iDeCo合計同時受取の判定
20年800万円800万円以下OK
25年1,150万円1,150万円以下OK
30年1,500万円1,500万円以下OK
35年1,850万円1,850万円以下OK
30年1,500万円2,800万円NG(税額約154万円)

ただし、退職金の金額が確定するのは退職直前のケースが多い。50代のうちに勤務先の退職金規定でおおよその金額を確認しておくことが重要だ。

ここまでで分かったこと
  • 退職金+iDeCoが控除枠内なら同時受取でも税金ゼロ
  • 50代のうちに退職金規定を確認し、控除枠内に収まるか判断する

受取時期を決めるための確認事項は何ですか?

受取時期を決める前に確認すべき項目は5つある。

1. 退職金の金額はいくらか?

  • 勤務先の退職金規定で確認。人事部に問い合わせれば概算を教えてもらえる場合がある

2. iDeCoの残高はいくらか?

  • 運営管理機関のWebサイトで確認。運用状況によって変動するため、定期的にチェック

3. 退職所得控除はいくらか?

  • 勤続年数(またはiDeCo加入年数の長い方)で計算。20年以下は40万円×年数、20年超は800万円+70万円×(年数−20)

4. 再雇用の予定はあるか?

  • 再雇用で65歳まで勤務するなら5年ルールが使える。iDeCoを60歳で受け取り、退職金を65歳で受け取る

5. 60〜65歳に公的年金はあるか?

  • 公的年金がなければ、iDeCo年金受取で公的年金等控除を活用できる

受取時期の判定フローチャート

条件最適戦略
退職金+iDeCo ≦ 控除枠同時一時金でOK(税金ゼロ)
控除枠超過+再雇用ありiDeCo60歳→退職金65歳(5年ルール)
控除枠超過+再雇用なし+公的年金なし退職金一時金+iDeCo年金受取
控除枠超過+再雇用なし+公的年金あり退職金一時金+iDeCo一部一時金+年金
ここまでで分かったこと
  • まず退職金+iDeCoが控除枠内に収まるか計算する
  • 収まらない場合は再雇用の有無で5年ルール活用を判断

まとめ:同時受取は114万円の損失。受取時期は50代で決める

iDeCoと退職金を同時に一時金で受け取ると、退職所得控除の合算により税額が跳ね上がる。同じ2,800万円を受け取っても、受取時期を変えるだけで114万円の差がつく。

  1. 退職金+iDeCoの合計が控除枠内なら同時受取でOK
  2. 控除枠を超えるなら5年ルール(iDeCo60歳→退職金65歳)が最適
  3. 5年ルールが使えないなら退職金一時金+iDeCo年金受取が次善策
  4. 50代のうちに退職金の概算・iDeCo残高・再雇用の予定を確認しておく

受取時期は退職後に変更できない。50代前半のうちに退職金規定とiDeCo残高を確認し、手取り最大化のシナリオを立てておくことが、114万円を守る唯一の方法だ。