「年金は繰下げた方がお得」。この言葉を信じて70歳まで繰下げた結果、78歳で亡くなった場合――65歳から受け取っていた方が総額で約240万円多かった。損益分岐点を知らずに繰下げると、大損するリスクがある。

年金繰下げの損益分岐点は何歳ですか?

65歳→70歳の繰下げで81歳11ヶ月、65歳→75歳の繰下げで86歳11ヶ月が損益分岐点だ。

損益分岐点とは、繰下げ受給の累計受給額が65歳受給の累計受給額を上回るタイミングのことをいう。この年齢より長生きすれば繰下げが得、それ以前に亡くなれば損になる。

年金月額15万円のケースで計算してみよう。

繰下げ年齢別・年金月額と損益分岐点(基準:65歳月額15万円)

繰下げ年齢増額率月額年間受給額損益分岐年齢
65歳(基準)0%15.0万円180.0万円−
66歳8.4%16.3万円195.6万円77歳11ヶ月
67歳16.8%17.5万円210.0万円78歳11ヶ月
68歳25.2%18.8万円225.6万円79歳11ヶ月
70歳42.0%21.3万円255.6万円81歳11ヶ月
75歳84.0%27.6万円331.2万円86歳11ヶ月

当メディアの試算(国税庁・厚労省統計に基づく決定論的計算)によると、男性の平均寿命81歳では70歳繰下げの損益分岐点(81歳11ヶ月)にわずかに届かない。女性の平均寿命87歳なら、70歳繰下げは明確に得になる。

ここまでで分かったこと
  • 70歳繰下げの損益分岐点は81歳11ヶ月
  • 男性平均寿命81歳では損益分岐にギリギリ届かない

繰下げで損する人の3条件とは?

以下の3条件に1つでも当てはまる人は、繰下げで損する可能性が高い。

条件1: 健康上のリスクが高い人 持病がある、家族歴に短命の傾向がある場合は、損益分岐点に届かないリスクが高い。70歳繰下げで得するには82歳以上まで生きる必要がある。

条件2: 繰下げ期間中の生活費を賄えない人 70歳まで繰下げる場合、65〜70歳の5年間は年金なしで生活する必要がある。月20万円の生活費なら5年間で1,200万円。退職金や貯蓄でこの金額を賄えなければ、そもそも繰下げという選択肢がない。

Aさん(65歳・元建設業・退職金1,500万円・貯蓄300万円)のケースを見てみよう。

  • 65〜70歳の生活費: 月20万円 × 60ヶ月 = 1,200万円
  • 退職金残高(60〜65歳の取り崩し後): 500万円
  • 貯蓄: 300万円
  • 合計800万円。1,200万円に対して400万円足りない。Aさんは繰下げできない。

条件3: 加給年金の対象者 配偶者が65歳未満で、厚生年金加入期間20年以上の場合、加給年金(年約39万円)が加算される。しかし繰下げ中は加給年金が停止する。70歳まで5年間繰下げると、最大約195万円の加給年金を受け取れない。

ここまでで分かったこと
  • 健康リスク・生活費不足・加給年金対象の3条件が損するパターン
  • 加給年金対象者は繰下げで最大195万円を失う

繰上げ受給の損益分岐点は?

繰上げは繰下げの逆だ。60歳から受給開始すると月0.4%の減額が生涯続く。

60歳繰上げの場合、年金月額15万円が11.4万円(24%減額)に減る。損益分岐点は約80歳10ヶ月。この年齢以上生きると、65歳受給の方が総額で得になる。

繰上げ年齢別・年金月額と損益分岐点(基準:65歳月額15万円)

繰上げ年齢減額率月額損益分岐年齢
60歳24.0%11.4万円80歳10ヶ月
61歳19.2%12.1万円80歳10ヶ月
62歳14.4%12.8万円80歳10ヶ月
63歳9.6%13.6万円80歳10ヶ月
64歳4.8%14.3万円80歳10ヶ月

繰上げ受給は「退職金が少なく60〜65歳の生活費が賄えない人」にとっては合理的な選択肢だ。ただし減額が生涯続くため、長生きするほど損失が膨らむ。

ここまでで分かったこと
  • 繰上げ60歳の損益分岐点は80歳10ヶ月
  • 80歳以上生きるなら繰上げは損。退職金が少ない人の緊急手段

退職金と年金の最適な組み合わせは?

退職金の額に応じた最適戦略は以下のとおりだ。

退職金2,000万円以上: 70歳まで繰下げを検討する余地がある。65〜70歳の生活費1,200万円を退職金で賄い、70歳からの増額年金(42%増)で安定した老後を実現する。

退職金1,000〜2,000万円: 65歳受給(繰下げなし)が無難。退職金で60〜65歳を乗り切り、65歳から通常の年金を受け取る。繰下げする余裕がない。

退職金1,000万円未満: 再雇用で65歳まで収入を得ることが最優先。退職金は65歳以降のバッファとして温存。年金は65歳から受給が基本。

Bさん(60歳・元メーカー勤務・退職金2,400万円)の場合:

  • 60〜65歳: 再雇用月12万円 + 退職金取り崩し月10万円で生活
  • 65〜70歳: 退職金残高1,800万円から月20万円を取り崩し
  • 70歳〜: 繰下げ年金月21.3万円(42%増)で生活。退職金残高600万円がバッファ
  • 90歳時点の残高: 約300万円。余裕を持って生活できる計算。
ここまでで分かったこと
  • 退職金2,000万円以上なら繰下げを検討可能
  • 退職金1,000万円未満は再雇用優先、年金は65歳受給が基本

まとめ:損益分岐点は「判断の入口」にすぎない

損益分岐点は「何歳まで生きれば元が取れるか」の目安でしかない。実際の判断には、退職金の残高・生活費・健康状態・加給年金の有無を総合的に考慮する必要がある。

  1. 70歳繰下げの損益分岐点は81歳11ヶ月。男性は微妙、女性は得の確率が高い
  2. 健康リスク・生活費不足・加給年金対象の3条件に当てはまる人は繰下げを避ける
  3. 退職金額に応じて、繰下げ・通常受給・繰上げの最適解は異なる