退職金2,000万円を60歳で受け取り、「65歳まではゆっくり考えよう」と定期預金に入れたまま5年。その間に取り崩した生活費は約1,080万円。65歳時点で残った退職金は920万円だった。

60代の退職金運用で最も多い失敗は「運用を先延ばしにして、気づいたら生活費で大半を使い切る」ことだ。60代は「増やす」フェーズではない。「取り崩しながら、残りを減らさない」設計が必要だ。

60代の退職金運用はなぜ取り崩し前提なのか?

60歳から65歳までの5年間、年金はゼロ。退職金から生活費を出すしかないからだ。

総務省「家計調査」によると、65歳未満の無職世帯の月間支出は平均約27万円。60歳で退職し、65歳の年金受給まで5年間無収入なら、5年間の生活費は約1,620万円。退職金2,000万円のうち80%以上が生活費に消える計算だ。

もちろん再雇用やアルバイトで収入を得れば取り崩し額は減る。月10万円の収入があれば、取り崩しは月17万円で済み、5年間で1,020万円。退職金は約980万円残る。

取り崩しとは、資産の一部を定期的に引き出して生活費に充てる資産管理手法のこと。60代の運用設計では「取り崩し額を月いくらに設定するか」が最重要の変数になる。

60〜65歳の取り崩しシミュレーション(退職金2,000万円)

シナリオ月間収入月間取り崩し額5年間の取り崩し合計65歳時点の残高
完全無収入0円27万円1,620万円380万円
再雇用(月15万円)15万円12万円720万円1,280万円
アルバイト(月10万円)10万円17万円1,020万円980万円
アルバイト(月5万円)5万円22万円1,320万円680万円
ここまでで分かったこと
  • 60〜65歳の5年間は年金ゼロ。退職金から生活費を取り崩す前提で設計する
  • 月10万円でも収入があれば、65歳時点の残高が600万円変わる

65歳以降の年金だけでは月いくら足りないのか?

年金の平均受給額は月約15万円(厚生年金含む)。生活費が月25万円なら、毎月10万円が不足する。

65歳以降も退職金の取り崩しは続く。月10万円の不足を退職金で補う場合、年間120万円。20年間(85歳まで)で2,400万円が必要になる。

当メディアの試算(国税庁・厚労省統計に基づく決定論的計算)によると、退職金2,000万円を60歳で受け取り、60〜65歳の取り崩し後に残った1,000万円を年利2%で運用しながら月5万円ずつ取り崩すと、85歳時点で残高は約200万円。年利0%(定期預金のみ)なら、80歳で残高がゼロになる。

この差額が「60代でも運用すべき理由」だ。全額を定期預金に入れれば安心に見えるが、インフレと取り崩しのダブルパンチで80歳前後に資金が枯渇する。

65歳以降の取り崩しと運用利回りの関係

運用利回り月5万円取り崩し月8万円取り崩し月10万円取り崩し
0%(定期預金のみ)83歳で枯渇75歳で枯渇73歳で枯渇
1%85歳で枯渇77歳で枯渇74歳で枯渇
2%88歳で枯渇79歳で枯渇76歳で枯渇
3%93歳で枯渇81歳で枯渇78歳で枯渇
ここまでで分かったこと
  • 年金だけでは月10万円不足する前提で設計する
  • 年利2%の運用で資金寿命が5〜8年延びる。定期預金だけでは80歳前後に枯渇

60代の退職金はどう配分すべきか?

生活防衛資金3年分を定期預金、安全資産を国債、残りをバランス型投信に配分する。

50代との最大の違いは「生活防衛資金を3年分に増やす」ことだ。60代は再就職のハードルが上がり、病気のリスクも増える。2年分では心もとない。

Aさん(60歳・メーカー勤務・退職金2,200万円)のケースを見よう。Aさんは月の生活費25万円。再雇用で月12万円の収入があるため、取り崩しは月13万円。生活防衛資金として月13万円×36ヶ月=468万円を定期預金に確保した。

残り1,732万円を国債700万円・バランス型投信700万円・全世界株式投信332万円に配分。再雇用の収入がある3年間は取り崩しを最小限に抑え、65歳からの年金受給に備えた。

60代・退職金2,000万円の推奨配分

資産クラス金額割合役割
定期預金(生活防衛)900万円45%60〜63歳の生活費
個人向け国債(変動10年)600万円30%63〜65歳の生活費+安全運用
バランス型投信400万円20%65歳以降の取り崩し原資
全世界株式投信100万円5%インフレ対策(10年以上運用前提)
合計2,000万円100%—

リスク資産比率は25%。50代後半の30%よりさらに保守的だ。60代は「暴落で一時的に下がっても回復を待てる」余裕がない。5年以内に使う資金は絶対にリスク資産に入れない。

ここまでで分かったこと
  • 生活防衛資金は3年分。50代の2年分より多めに確保する
  • リスク資産は25%以下。5年以内に使う資金はリスク資産に入れない

年金の繰下げ受給は得なのか?

年金を70歳まで繰り下げると月額42%増える。ただし元が取れるのは81歳11ヶ月以降だ。

繰下げ受給とは、年金の受給開始を65歳から最大75歳まで遅らせることで、月額を増額する制度のこと。1ヶ月繰り下げるごとに0.7%増額され、5年(70歳)で42%、10年(75歳)で84%増額される。

年金月額15万円の人が70歳まで繰り下げると、月額は21.3万円に増える。ただし65〜70歳の5年間は年金がゼロなので、この間の生活費を退職金から賄う必要がある。月25万円の生活費なら5年間で1,500万円。退職金2,000万円の75%を使い切る計算だ。

Bさん(62歳・公務員退職・退職金2,400万円)は繰下げを検討したが、退職金だけで70歳まで持たせるには生活水準を大幅に下げる必要があった。結局65歳で受給を開始し、退職金の取り崩しを月5万円に抑える設計に変更した。

年金繰下げ受給のシミュレーション(月額15万円の場合)

受給開始年齢月額増額率損益分岐年齢退職金からの追加取り崩し
65歳(通常)15万円0%—0円
66歳(1年繰下げ)16.3万円+8.4%約77歳180万円
68歳(3年繰下げ)18.8万円+25.2%約80歳540万円
70歳(5年繰下げ)21.3万円+42%約82歳900万円

繰下げの判断基準は「退職金で空白期間を埋められるか」と「健康寿命」の2つ。退職金が1,500万円以下なら繰下げは慎重に検討すべきだ。

ここまでで分かったこと
  • 70歳繰下げで年金42%増。ただし元が取れるのは82歳以降
  • 退職金1,500万円以下なら繰下げより65歳受給が安全

60代でやってはいけない3つの運用とは?

退職金専用定期・外貨建て保険・レバレッジ型商品の3つは60代で絶対に避けるべきだ。

退職金専用定期は高金利に見えるが適用期間は3ヶ月だけ。年換算すると通常の定期預金と大差ない。さらに投信との抱き合わせ条件がつくケースが多く、手数料で利息が消える。

外貨建て保険は為替リスクと高コストの二重苦だ。年2〜3%の実質コストがかかり、10年以内の解約で元本割れする。60代は10年待つ余裕がない。

レバレッジ型商品(レバナスなど)は論外だ。60代が「2倍の値動き」を追う理由はない。暴落で50%下落すれば、元に戻るには100%の上昇が必要。回復は数年〜10年単位になる。

ここまでで分かったこと
  • 退職金専用定期の高金利は3ヶ月限定。抱き合わせ投信の手数料で赤字
  • 60代でレバレッジ型は論外。回復期間を確保できない

まとめ:60代の退職金運用は「減らさない技術」

60代の退職金運用で最も大切なのは「いくら増やすか」ではなく「いつまで持たせるか」だ。

やるべきことは3つ。

  1. 生活防衛資金(生活費3年分)を定期預金で確保する
  2. 取り崩し額を月額で決め、残りの25%以内をバランス型投信で運用する
  3. 年金繰下げは退職金残高と健康状態を見て判断。無理な繰下げはしない

退職金は「老後の生命線」だ。60代は増やすゲームではなく、守りながら使い切る設計を組む。85歳まで資金を持たせる計算ができれば、それが60代の退職金運用の正解だ。