月15万円もらえるはずの年金が、60歳で繰上げ受給すると月11.4万円に減る。差額3.6万円。これが90歳まで30年間続くと、総額で約1,296万円の年金を受け取れない計算になる。

「早くもらえるなら得」という直感は、多くの場合間違っている。年金繰上げの5つのデメリットを数字で確認する。

デメリット1:月額24%の減額は一生続くのか?

一生続く。繰上げ受給の減額は取消不可で、死亡するまで減額された金額が支給される。

年金の繰上げ受給とは、本来65歳から受け取る老齢基礎年金・老齢厚生年金を60〜64歳の間に前倒しで受け取る制度を指す。1ヶ月繰り上げるごとに0.4%減額され、最大60ヶ月(5年)で24%の減額になる。

繰上げ開始年齢別・減額率と月額(本来の月額15万円の場合)

受給開始年齢繰上げ月数減額率月額年額
60歳60ヶ月24.0%11.40万円136.8万円
61歳48ヶ月19.2%12.12万円145.4万円
62歳36ヶ月14.4%12.84万円154.1万円
63歳24ヶ月9.6%13.56万円162.7万円
64歳12ヶ月4.8%14.28万円171.4万円
65歳(通常)0ヶ月0%15.00万円180.0万円

60歳で受給開始すると、65歳開始と比べて月額3.6万円、年額43.2万円の差がつく。この差は80歳でも90歳でも100歳でも変わらない。

ここまでで分かったこと
  • 繰上げ受給の減額は一度決まると一生変わらない
  • 60歳受給で月額24%減。月15万→月11.4万(差額3.6万円)

デメリット2:累計受給額はいつ逆転する?

60歳繰上げ vs 65歳通常受給の損益分岐点は、約80歳10ヶ月だ。

60歳から受給を始めると、65歳までの5年間は「もらえている側」だから累計額でリードする。しかし65歳以降は毎月3.6万円の差が積み上がり、80歳10ヶ月で累計額が逆転する。

60歳繰上げ vs 65歳通常受給・累計受給額の比較

年齢60歳繰上げ(累計)65歳通常(累計)差額
65歳684万円0円+684万円
70歳1,368万円900万円+468万円
75歳2,052万円1,800万円+252万円
80歳2,736万円2,700万円+36万円
81歳2,873万円2,880万円−7万円
85歳3,420万円3,600万円−180万円
90歳4,104万円4,500万円−396万円

当メディアの試算(国税庁・厚労省統計に基づく決定論的計算)によると、日本人男性の平均寿命81.09歳、女性87.14歳を考えると、平均的な寿命まで生きるなら繰上げは損になる。特に女性は90歳まで生きる確率が約50%あり、繰上げによる損失は約396万円に達する。

ここまでで分かったこと
  • 損益分岐点は約80歳10ヶ月。それ以降は繰上げが損
  • 女性は90歳まで生きる確率50%。繰上げの損失リスクが大きい

デメリット3:障害年金が受け取れなくなる?

繰上げ受給すると、65歳前に障害を負っても障害基礎年金を請求できなくなる。

繰上げ受給と障害年金は併給できない。60歳で繰上げ請求した後に、62歳で事故に遭い障害等級1級に該当しても、障害基礎年金(年額約101万円)を受け取れない。

通常の老齢年金を受給している65歳未満の人なら、障害基礎年金への切り替えが可能だ。しかし繰上げ受給者にはこの選択肢がない。

Aさん(60歳・年金月15万円を繰上げ受給・月11.4万円)が62歳で障害1級になったケースを想定する。

  • 繰上げしていなかった場合: 障害基礎年金1級(年約101万円=月約8.4万円)を受給可能。65歳以降は老齢年金に切り替え
  • 繰上げした場合: 障害基礎年金は請求不可。月11.4万円の減額年金のまま

障害年金1級は老齢基礎年金の1.25倍。繰上げで減額された年金よりも高額になるケースが多い。

ここまでで分かったこと
  • 繰上げ受給すると65歳前の障害基礎年金を請求できない
  • 事故・病気リスクを考えると、繰上げは保険を1つ捨てるのと同じ

デメリット4:遺族年金との併給制限はどうなる?

繰上げ受給中に配偶者が亡くなった場合、65歳まで遺族厚生年金と老齢年金の併給ができない。

65歳未満で繰上げ受給中の人は、遺族厚生年金と老齢年金(繰上げ分)のどちらかを選択する必要がある。65歳以降は併給調整が可能になるが、繰上げ分の減額は解消されない。

Bさん(62歳・繰上げ受給中・月12.8万円)の夫が死亡し、遺族厚生年金の受給権が発生したケース。

  • 遺族厚生年金: 月10万円
  • 繰上げ年金: 月12.8万円
  • 65歳まではどちらか一方のみ → 繰上げ年金を選択(月12.8万円)
  • 遺族厚生年金の月10万円は65歳まで受け取れない

繰上げしていなければ、65歳前でも遺族厚生年金を受給できていた。

ここまでで分かったこと
  • 繰上げ中は65歳まで遺族年金との併給不可
  • 配偶者の死亡リスクも考慮すべき判断材料

デメリット5:国民健康保険料・介護保険料が上がる?

繰上げ受給で60歳から年金収入が発生すると、国民健康保険料と介護保険料の負担が増える。

60〜64歳で無収入であれば、国民健康保険料は最低額(年間数万円)で済む。しかし繰上げ受給で年金収入が発生すると、その分だけ保険料が上がる。

Cさん(60歳・独身・繰上げ年金月11.4万円=年136.8万円)の場合:

繰上げ受給による社会保険料への影響(60〜64歳の5年間)

項目繰上げあり繰上げなし(無収入)5年間の差額
国民健康保険料年約12万円年約3万円約45万円
介護保険料年約8万円年約4万円約20万円
合計年約20万円年約7万円約65万円

5年間で約65万円の社会保険料の差が出る。繰上げ受給で「早くもらえる」メリットの一部が、社会保険料の増加で相殺される。

ここまでで分かったこと
  • 繰上げで60歳から年金収入→国保・介護保険料が上がる
  • 5年間で約65万円の社会保険料増。繰上げのメリットを相殺

繰上げ受給すべきでないのはどんな人?

以下の条件に1つでも当てはまる人は、繰上げ受給を避けるべきだ。

  1. 退職金や貯蓄で65歳までの生活費を賄える人: 繰上げする経済的必要性がない
  2. 健康状態が良好で長生きしそうな人: 81歳以上生きれば繰上げは損
  3. 配偶者の年金が少ない人: 遺族年金との併給制限が不利に働く
  4. 60〜64歳で働く予定がある人: 在職老齢年金で年金カットされる可能性がある
  5. 障害リスクが高い職業の人: 障害年金の請求権を失う

逆に繰上げ受給が合理的なのは、「余命が短い持病がある」「退職金も貯蓄もなく60歳から生活費が必要」「他に収入源がない」の3つが重なるケースに限られる。

ここまでで分かったこと
  • 退職金で65歳までの生活費を賄えるなら繰上げ不要
  • 繰上げが合理的なケースは極めて限定的

まとめ:繰上げのデメリットは「取消不可」に集約される

年金繰上げの最大のリスクは、一度決めたら取り消せないこと。

5つのデメリットを整理する。

  1. 月額24%の減額が一生続く(月3.6万円 × 30年 = 1,296万円の差)
  2. 81歳以降は累計受給額で損をする
  3. 障害基礎年金を請求できなくなる
  4. 65歳まで遺族年金との併給ができない
  5. 国保・介護保険料が上がる(5年間で約65万円)

「60歳で早くもらえる」という目先のメリットに飛びつく前に、この5つのデメリットを数字で確認してほしい。判断を焦る必要はない。65歳まで待てるなら、待つ方が合理的だ。